お召し上がり

こんにちは。

あなたは昨晩何をお召し上がりになられましたでしょうか?


お肉?

お魚?

お野菜?

お芋?

お握り?

お寿司?

お造り?

お刺身?


お召し上がりになられたものを覚えてらっしゃるでしょうか。

え?ちゃんと覚えてらっしゃるって?

それはよろしゅうございました。


しかし、それは本当にお召し上がりになられたと言い切れますでしょうか。

「何をおかしなこと言っているんだ」というお顔をされてらっしゃいますね。

それではお伺いいたしますが、

「今朝起床した自分」と「昨晩寝床についた自分」

まったく同じ自分である確信がございますでしょうか。


私には無いのです。


今朝からは継続的に意識があるので、今朝からの自分は自分自身であると確信出来ます。

ですが、起床する前の記憶というのはただ脳で記憶しているに過ぎず本当の自分自身の記憶である証拠はどこにもありません。


昨日までの記憶を持った自分が今朝突然この場に発生して、あたかも十数年、数十年も生きてきたと錯覚している可能性もあるのではないでしょうか。

本当は数時間前に生まれて数時間しか生きていないにもかかわらず……


もしくは、昨日までの記憶は今この場にいる自分自身のものではなく、まったく別の人物の記憶である可能性だってあります。


もしあなたが昨晩お焼き物をお召し上がりになられたとおっしゃるのでしたら、それでも本当にお焼き物をお召し上がりになられたと言い切れますでしょうか。


そのお召し上がりになられたお焼き物は、別の誰かがお召し上がりになったお焼き物かもしれません。


そのお召し上がりになられたお焼き物は、別の誰かによってお焼き物をお召し上がりになったという記憶を植え付けられたのかもしれません。


今日お召し上がりになるお料理は、明日になったら別の記憶に変わってしまって、気付かずにまた明日、今日お召し上がりになるのと同じお料理をお召し上がりになられるかもしれません。


そうやってぐるぐると考えていると、訳が分からなくなって自分の記憶と自分自身の存在に疑念を抱かずにはいられなくなるのです。

明日の自分と今日の自分が同じ存在であるようにと考えながら、今日も寝床につくのでしょう。


おしまい

雀雀舎 しゃんしゃんしゃ

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